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永遠なる無駄遣い


永遠なる無駄遣い
コートダジュール、パリ 1997

(10)パリ - 1/3


<オルセー美術館>

 10日目は、オルセー美術館へ。ルーブルよりもオルセー美術館の方がなぜか落ち着く。オルセーには、ルーブルを横切って、橋を渡ってセーヌ川の反対側に。ここは一時期、駅として使っていたので、駅のシンボルである時計があちらこちらに。大きなものが2つ。一番奥のエスカレーターで最上階から見るとよい。ゴッホだのルノアールだの、良いものはほぼこの最上階に集中している。

 ルーブルが休みのせいか、オルセーは特に混雑している。あと、フラッシュ撮影ダメと書いてあっても、間違えてフラッシュ押したということでパチリ、パチリと確信犯的な人が跡を絶たない。でも、大事な絵であれば、ガラスに反射するから、ASA400とかでノー・フラッシュの方がいいのになぁ。もう、コンパクト・カメラが発達して、防ぎようがないのだろうけど、本当にダミーの絵だけの展示になってしまうのだろうか?かなりモラルは低い。

<オルセー美術館内のCAFE>

 休憩は最上階のCAFE。時計の裏が見えるから。駅の一番上でカフェとは洒落ている。でも、ここのカフェ・システムは運営システムを見直す余地多々有りですね。それで観光地化していて、すぐに集金に来る。食い逃げ、飲み逃げできそうな、微妙な逃げるスペースがあるから、しかたがない。きっと、ずいぶんとやられたのではとやや同情。しかし、同情もそこまで。注文の取り方がぐちゃぐちゃ。大混乱という感じでした。

 観察するに、一つに、国全体がフランス語を守るために、英語での意思疎通が十分ではない。アメリカ人でさえ、勇気がある人以外は、中途半端にしか通じないフランス語での会話におっくうそうだし、店員は店員でフランス語の出来ない相手を完全に見下した態度で来るものだから、ますます萎縮する。そう。悪循環です。注文で既に店の運営が停滞気味なのです。

 で、やっと頼んだものを飲んで、店を出たいと思っても、フランス人は個人主義でのんびりしているお国柄だという先入観で忍耐強く待って、10分後にようやく机に置いたお金を見つけてもらう。そうか、こいつらは出たいのかと理解させる。しかし、大きなお札なので、たかがジュースのために両替かと店員はブツクサまたレジに戻る。

 たぶん、こんな経験を何度か繰り返した結果、注文したものを届けて、時間が空いた時は直ぐに集金というシステムが出来たのだと思う。しかし、これがいかんのです。だって、支払った直後に別の店員がまた支払を催促。うーん。サービスとは何かを考えてもらいたい。

 実は、観察していた日本人観光客の何組みかがこういう状態だったのですが、どうです皆さん。大変そうでしょ。


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