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こちら情報局


「本音のコラム」
『東京新聞』
98年7月17日付
こちら情報局

十三人の天使達

 ペルー日本大使公邸占拠事件で最後まで捕らわれていた民間人の人質は十三人。人質生活を克明に記録していた丸紅リマ支店長(当時)の斉藤慶一氏が、本人を含む当事者達の愛称として、また、その後の出版タイトルとして用意したのが『十三人の天使達』である。

 残念ながら、カレンダーの裏などに書かれた当初の原稿は、脱出劇の最中の火災で消滅。日本を席巻した「青木バッシング」もあって、一時は出版どころの話ではなかったようだ。

 が、事実を正確に伝えられないという不満を解消すべく、斉藤氏は出版を前提としないまま、年末年始の休暇の時間を利用し、事件の総括を行った。最近、その内容がようやく出版された。より後世に教訓を残そうと、同書のタイトルは「人質127日」に改められていた(文藝春秋刊)。

 日頃、リスクマネジメントを専門の一つとする私は、この類の書籍を資料の一部として無条件に購入する。が、冒頭の数ページを読むうちに、臨場感溢れる文章に引きずりこまれ、結局夜を徹して読破してしまった。事実は小説より奇なり。当事者にしか記述できない事実経過が過不足なく、見事に再現されている。一度消失した当初の原稿以上に迫力があるのではとも思える文章が先を急がせる。

 「侵入者」に銃を突きつけられ、極限状態に陥っていても、駐在支店のトップとして、同僚や部下への配慮を欠かない。そこには、高度成長期を支えてきた強い日本と強い日系企業が描き出されている。海外で発生する事件事故では、大使館員の「不手際」が度々批判されるが、同書によれば『命を賭け、招待側としての最大限の努力』が続けられていたようだ。関係者ならびにその家族には、今一度「苦労」を労うとともに、平穏な日々を祈らずにはいられない。