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こちら情報局


「本音のコラム」
『東京新聞』
98年5月22日付
こちら情報局

退避勧告

 連日報道されるインドネシア情勢であるが、ひとまず大部分の駐在員家族等は大きな事故もなく避難が完了している。しかし、今後如何なるシナリオに動いたとしても、暴動前の状況に復帰するには多くの時間が必要であろう。

 気になる日系企業の動向であるが、年明けから工場の稼働率は開店休業状態にあり、リスクマネジメント体制の重要性を認識していた一部企業では、主要ホテルを臨時本社(緊急対策本部)とし、チャーター便などでの国外退避等、政府判断よりも早め早めの行動を展開。混乱を少しでも回避できたようだ。

 毎度のことながら、これまでの教訓を活かせるのかと案じていたが、湾岸戦争や阪神大震災での自らの貴重な体験を伝える市民(日本国民)の努力が間接的に日本政府を動かした感がある。

 当地でも、携帯電話による社員同士の横の連絡、インターネットを経由した「電子瓦版」への各種生活情報掲載が効を奏し、従来の海外退避に比べ、混乱は少なかったのではと考える。また、在インドネシア大使館も、欧米諸国との立場の違いから、退避勧告のレベルと早さが多少遅れたものの、不眠不休でホームページやFM放送を通じ情報を提供しつづけた。

 今回の騒乱で最も緊張したのは、5月13日のジャカルタ日本人学校で子供達が一夜を過ごすことを余儀なくされ、翌日未明の脱出劇で無事家族の元に届けられるまでの間であろう。そこには、多くの方のサポートが存在し、在校生の年長組による炊き出しと年少者への配慮があったはずだ。日本時間の翌日8時45分過ぎに、無事全員を送り届けたようだとの現地からの第一報には、思わず手を叩いてしまった。一時的に帰国した子供達の多くの体験を特別視せず、教育等の環境を整えれば満点である。静かに迎えてあげる努力が必要だ。