【現代リスク】「新幹線放火殺人」

DVC00211衝撃的な事件が発生した。

1964年に東海道新幹線が開業して以来、無事故だった新幹線。世界に誇る安全な乗り物で、乗客(容疑者)が放火し、本人を含む2名が死亡。火災により、煙を吸うなど、負傷者は26人となった。

 誰かが新幹線車両内で、油や有毒なものをまいて、車両ごとテロを起こす可能性は、以前から指摘されていた。

海外の事件事故例を参考に、乗降口と運転室出入口には、防犯カメラが設置されている。しかし、それらはモニターでの目視であり、運転手以外の車掌は、定員1300名余りに対し、わずか3名。限界がある。

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≪事件事故の概要≫

2015年6月30日、午前11:00に東京駅を出発したのぞみ号が、発車から30分後、小田原駅手前で緊急停止したとの第一報が入ってきた。

やがて、誰かが灯油のようなものを頭からかぶり、火をつけたこと。先頭車両の両側のデッキ付近に男女が別々に倒れていること。両方から点火したなら、テロではないかとの指摘がされている。

テレビは現場からの中継映像に切り替わり、随時入ってくる確認情報をもとに考えられるシナリオを提示する。だが、実際には、車内に乗り合わせている目撃者らの生のつぶやきが、SNSを経由で、よりスピーディーに手元に届く。

現場検証を終え、車両が自走して小田原駅に到着したのが、午後2時50分過ぎ。全乗客らがようやく下車した。メディアへの乗客らの証言により、さらに緊迫した車内の様子が明らかになる。

容疑者のポケットにある運転免許証のコピーから、都内在住の71歳の男性の犯行と判明した。また、残された荷物から、死亡した女性は、伊勢参りに行く途中だったという、横浜市在住の整体師だった。

 

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≪イシュー≫

事故の原因は、今後徐々に明らかにされるが、企業や官庁、個人へのリスクマネジメントにどのような影響が考えられるか。

(1)どうやって防げるのか

今回と似た車両放火事件は2003年、韓国・大邱市の地下鉄で発生している(192人死亡)。欧州では、ロンドンとパリを結ぶ国際高速鉄道「ユーロスター」のトンネル内で、トラック輸送用貨物列車で火災が発生し、その後の列車運行に支障を来した事例がある。JRでは2007年7月から、新型車両「N700系」に防犯カメラの設置をはじめ、各種安全対策訓練も行われているようだ。

しかし、安全とダイヤの正確さを謳う日本の新幹線では、乗車前に荷物検査を実施するとなると、現状のダイヤを維持することは出来ない。

また、全席指定にして事前予約が必要となると、利用者の手間も増える。

何かをやらかそうとする者と、それへの防護策は、いたちごっこの関係にある。結局、リスク回避を徹底することは、マネジメントコストを上昇させるため、その負担は乗客に跳ね返ってくる。

ドア・トゥ・ドアで考えた場合、大都市を中心に、東京~名古屋~大阪間がドル箱であり、インバウンド(外国人観光客)でも、ゴールデンルートと称され、利用頻度は高い。

海外では、「ユーロスター」が空港並みに乗車前に荷物検査を行い、決められた数、大きさの手荷物を越えて持ち込む場合には手数料を取る仕組みになっている。(注1:ユーロスター、手荷物取扱規約の変更)

また、中国では、列車テロへの警戒もあり、荷物のX線検査が行われている(注2:中国での手荷物検査)。大きな荷物を持ち込む乗客は、荷物をベルトコンベアに乗せ、並走する形で、荷物検査を済ませる。(他に、高速鉄道のチケット購入には、各自の身分証の提示が求められる)

 

(2)荷物検査は必要か

事件後に、荷物検査の必要性が議論されている。誰もが、検査は今後必要になると考えるが、検査を行う手間と時間は、利便性と相反する側面を持つ。定員1300人超、最短3分間隔で運行を続けている今の状況で、果たして荷物検査が出来るのか。

少なくとも、発車ベル直前の駆け込み乗車は出来なくなる。

また、荷物を預け、降車駅のターンテーブルでピックアップするなども、事前の荷物管理方法等を考えると現実的ではない。

仮に事前に荷物をスキャンする体制を整備するにも、駅という限られた既存のファシリティの中で、新たな機器の導入は、初期コスト、スペース、さらにはオペレーションコスト(マンパワー)の増大などを含み、様々な困難を伴う。

 

(3)過密ダイヤをどう維持するか

大きな事件事故が発生すると、一時的に移動手段の見直しを行うのが利用者の心理だが、チケット手配やドア・トゥ・ドアでの効率性を考えると、新幹線は便利である。昨今、マイルの導入やLCC(格安航空機)の登場で航空業界も巻き返しを図っているが、駅からのアクセスを含め、トータルで新幹線が飛行機を凌駕する時代になっている。空港は郊外に立地し、街中心部への移動に時間がかかるほか、荷物検査など含め、待ち時間が多く、天候(豪雪や濃霧、台風など)に左右されやすい。

飛行機は、機体の大きさにもよるが、国内線では座席数が100席から多くても500席程度。一方の新幹線は、16両編成で1323席。それも、東京-名古屋-大阪という大動脈で、何らかのアクシデントがあるだけで、振替輸送を含め、半日~1日影響が出る。

この大動脈は、今回のような事件だけでなく、首都直下地震や活火山の噴火・降灰などでも影響を受ける。かつて、東名高速の中央分離帯に、第二の新幹線、あるいは貨物新幹線を造る案が議論され、リニアモーターカーによる代替案なども模索されているが、これらの実現は少し先になる。

もう一つは、バスなどを自動運転にして、高速道路を使う考えだが、現状でも深夜バスを含め、季節や時期により渋滞する。まして、バスの定員が50人とすると、1000人を運ぶには20台。これらが3~5分ごとに走り、大きな駅で乗客を降ろす。無理な話である。

 

(4)不満殺人

今回同様、車内で液体をまいて焼身自殺をした例は、2003年、長野県を走行中のJR中央線で発生している(この時は、ほかの乗客は全員無事)。さらに遡ると、1980年の新宿バス放火事件などがある。

世の中への不満、あるいは自分自身の仕事や生活の躓きでは、本人が命を絶つだけでなく、周りを巻き込むなど、より過激になる。

容疑者は、暫く前に仕事を辞めた(高齢で退職になった?)とも漏れ伝わる。普段はおとなしく、何かをしでかすとは思えない人物像。生活が行き詰ったのか。

一方で、ゴミ屋敷と称する住民もいる。片付かない、片づけられない、余裕のない日常は、誰にも訪れ、どこかで共通する課題がある。

新幹線の先頭車両を、カートを引きながら行きつ戻りつする容疑者の風貌は汚れ、浮浪者にも見えたようだ。

不審者に声がけし、それでも防げない現状。個人情報をどこまで管理し、その言動をどこまで制御しないといけないのか。

被害に遭われた方の、驚きと戸惑い。超高齢社会の新しい課題が浮上したともいえる。

 

(5)輸送会社の改善

のぞみ号の場合、先頭の3車両を自由席にしているのは、グリーン車などがホーム中央の階段口付近に停車し、なるべく改札までの歩く距離を短くするためである。

しかし、運転台に近いことや、運転台への侵入に特別な措置を施していないとする専門家の意見が正しいとするならば、運転台に近い先頭車両を、自由に行き来できる仕組みにすべきかは、要検討となる。

また、どこの車両から入っても、先頭から後尾まで、誰でも自由に行き来できる、かつての汽車時代の名残は一掃させることも検討できよう。

チケット購入時の身分証の提示や、顔写真とチケット購入者の一致、デッキなどで、不審荷物の確認、あるいは荷物を車両内に持ち込めないよう車両の下半分に納める(長距離/空港バス方式)など、若干の改良などにより、徐々に改善が可能だ。

数年に一度のランダムな出来事なのか、いったん発生したら、模倣犯が登場するのか。東京オリンピック2020年の本番、あるいはインバウンド(外国人観光客の誘致)に向け、再検討が求められる。

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<参考サイト>

注1:ユーロスター、手荷物取扱規約の変更(ヨーロッパ鉄道旅行ガイドサイト)

http://www.railguide.jp/news/2014/01/post-69.php

 

注2:中国での手荷物検査(エイビーロードサイト)

http://www.ab-road.net/asia/china/beijing/guide/traffic/08388.html

 

 


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